携帯電話の販売員を解雇されパニック障害とうつ病を併発されたDさんのケース

携帯電話の販売員を解雇されパニック障害とうつ病を併発 うつ病の体験談
スポンサーリンク

\1日1クリック頂けると嬉しいです。/ うつ病 人気ブログランキング

 

 

30代前半の男性 Dさんに体験談を寄与していただきました。

 

 

 

深く、広い闇の中を半年間彷徨い続けました。当時、このまま世界が終わってくれないかと何度考えたかわかりません。一人で感情や気持ちなども何もない無の状態。ただあるのは恐怖だけでした。

地元から離れ、都市部にて携帯電話の販売員だった時に上司から突然の解雇通告を受けました。その時初めて精神疾患を患い、メンタルクリニックにてパニック障害とうつ病の併発と診断されました。薬を服用し症状も収まりましたが、都会の人間関係に嫌気がさし地元に戻ることを決意しました。幸い10年間のキャリアがあり、地元に戻っても非正規雇用での販売員を続けることが出来ました。

地元に戻っても、やりたいことも特にありませんでした。夢という夢も無く、それとなく働いて趣味を楽しもうと決めていました。ゲームに音楽、アニメ鑑賞や読書など幸い一人で楽しめる趣味がたくさんありました。恋愛や女性関係に関しては都市部にいた時にトラブルに巻き込まれすぎて近寄るのすら億劫な状態。自慢に聞こえるかもしれませんが、黙っていても女性が近づいてきました。得てしてそういった女性はトラブルばかり持ち込み、気苦労が絶えなかったので軽い女性恐怖症に近かったかもしれません。

そんな中、地元にてある女性に出会いました。私より一つ年上の見た目は可愛らしく、積極的にアプローチを受けました。何度か食事に行き、必然と惹かれお付き合いすることになりました。年齢も30歳になり、結婚を視野に入れ始めて非正規雇用から正規雇用の安定した職につけるように転職活動を行うことに。私が大学卒業した時はリーマンショックに見舞われ就職難でしたが、現在は人材不足で特に地方は若い働き手が足りない状態。すんなり転職活動も終わり、採用されました。しかし、結果としてその選択が私を終わらない闇へ進むきっかけになるとはこの時は知る由もありません。

正規雇用の仕事は生命保険の営業で、座学研修後は一人で飛び込み営業をさせられました。人手不足といえど、事前説明で聞いていた内容と大きく違いましたが将来のために決めた仕事だったので自分なりに頑張りました。しかし、斜陽業界と言われている保険の営業はそんなに甘いものではありません。新人がいきなり入って業績をあげられるほど甘い世界であれば人手不足になりません。上司が週に一度適当なアドバイスを行いそれを実行するもやることがなくなっていき、やる気も希望も見えなくなります。身内に保険に加入することを会社から言われ加入してもらい、半年の査定はクリアしました。

しかし、その頃には上司の様子が変わり始めました。週に一度来る上司が他に誰もいないことをいいことに嫌味を言ったり怒鳴ったり、果ては人格否定や交際相手の批判までし始めました。パワハラ、いじめの始まりです。また、新人の私が獲得した業績によりインセンティブが発生しても上司は金額が違う領収書を会社に提出。差額をポケットマネーにするなど不正も行っていました。もうこの頃には私の精神はズタズタで、楽しいことなんて一つも何もなくなっていました。

そんな中、上司から理不尽な電話を受けました。内容までは覚えていませんが、とにかく電話口で20分間怒鳴られ続け、冷や汗と震えが止まらなくなりました。その日一日は仕事になりませんでした。丁度年末年始だったので1週間ほど有休を消化し、年始から復帰しましたが、会社が上司に何も注意をしていなかったのです。有休中にコンプライアンス部に報告、連絡、相談を行っていたのですが何も対処を取っていませんでした。再三訴えた結果、上司は変えてもらえましたが上司が変わっても会社の体質は変わりません。メンタルクリニックに通っていたにもかかわらず感情的に怒鳴る、物音を立てて威嚇をするなど配慮が全くなかったのです。

会社に対する不信、更に誰も信じられなくなってメンタルクリニックの先生とも揉めました。その後、中年の女性が入社してきましたがその人にも死ぬ思いをしてないからそんな軟弱なんだと怒鳴られ、遂に出社できなくなりました。出社が出来なくなったと同時に交際していた女性とも上手くいかなくなり、破局を迎えました。まさに負のスパイラルに陥っていた時期でした。無期限で休職を申請しましたが、幸い実家が繁忙期のためそれを手伝って気は紛れましたが、家族以外の人に会うのは本当に嫌な状態。繁忙期が終わり、自宅にこもるようになりました。

もう誰も信じられない。家族すら信じられず、メンタルクリニックも変えて幸い理解ある先生でしたが信じることが出来ず抗うつ剤を処方してもらうために2週間に1回病院に行く以外は外出しなくなりました。何をしても楽しくなく、スーツを着ようとするとネクタイを締めると息が苦しくなる始末。無期限の休職も解雇通知が届き、いよいよ本格的な無職になりました。労働基準監督署にも相談しましたが、証拠不十分で労災申請も下りず、生活も困窮していきました。

そんな日々を半年ほど続け、失業給付金を受け取れるようになりました。いつまでもこの生活を続けるわけにもいかないため、就職活動も行いました。偶然、行きつけのコンビニによると失業給付金に支障出ない程度で手伝ってみないかとお声かけいただけました。これが私にとって転機となるとは思いもしませんでした。コンビニバイトの経験も無く業務も多岐に渡ります。半年以上何もしていなかった上、人間不信のどん底にあった私にとってかなり不安でしたがリハビリを兼ねてとりあえずやってみることに決めました。

就職活動は中々進展はしませんでした。それでもコンビニバイトは私の心を少しずつ、本当に少しずつではありますが私の荒み切った心を直してくれました。元々行きつけということもあったので顔見知りのおばさんや店長、オーナー、常連のお客さん。困ったときはすぐに助けてくれて、嫌な顔一つせずに応援をしてくれました。誰もが嫌がるゴミ箱の片付けやトイレ掃除、品出しも私にとっては全てが楽しい行事でした。作業や仕事と感じることは一切なく、働くということがこんなに楽しいことだと教えてくれたことは何にも代えがたい財産です。

数か月後、学生時代の知人から仕事を紹介されました。ハローワークで求職活動するもなかなか決まらず、だからといってコンビニバイトで一生働き続けるというのも難しいとも思っていた。前と同じ営業職と若干の抵抗はありましたが、コンビニバイトと同じようにとりあえずやってみようと決めました。この頃にはもうスーツを着てネクタイを締めても息苦しさは無くなっていて、内定が決まりました。心境は複雑でした。コンビニのアルバイトが本当に楽しくて、居心地が良すぎたのです。能力を認めてくれて、頼りにしてくれる。所謂承認欲求が満たされる上に常に笑顔で働ける。そんな素晴らしい職場から離れるのが本当に心苦しかった上、寂しかったです。

そして、信じてくれる人たちを信じていた自分に気付きました。人間不信で引きこもり、パニック障害とうつ病持ちの私がまた社会に出て営業として働けるのは間違いなくコンビニでのアルバイトのおかげです。確かにアルバイトなのでお給料は発生していましたが、それ以上に大切な感情や思い、強さをもらえました。Webで検索しても、書店に行っても、自分探しの為に海外に行っても、恐らく私には見つけられません。実際に体験したあの暖かな人たちとの交流が私を毎日憂鬱ながらも仕事に向かわせてくれています。

前の会社の人間を恨んだり、憎んだりもしました。元恋人に失望し全てを投げ出しました。そういった負の感情は自分自身をも焼き焦がして精神疾患を悪化させます。しかし、無かったことにしてしまうのはまた逃げることになるので全て受け入れています。過去は変えられませんが、今と未来は変えられます。自分という人間を受け入れてからはメンタルクリニックにも行かなくなりました。自信を持ったことによりまた周りに人が集まってくれます。深く、広い闇を経験した私だからこそ光り輝けると信じてます。

\1日1クリック頂けると嬉しいです。/ うつ病 人気ブログランキング

 
うつ病の体験談
スポンサーリンク
スポンサーリンク
オワログをフォローする
スポンサーリンク
【オワログ】人生オワタからの復活を目指す生活ブログ

コメント

タイトルとURLをコピーしました