ブラック企業の残業代の実態

ブラック企業の残業代の実態 ブラック企業
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Yさん(年齢非公開)に体験談を寄与いただきました。

 

 

ブラック企業の定義に

「サービス残業強制」が挙げられるでしょう。

もっとも、20世紀では上場企業でも

「残業代は支給されないのが当たり前」

という会社もある程度はありました。

そんな中でA社(一部上場)は、少なくともバブル期以降ずっと

「当社では、年間360時間を超える残業は一切させません。勿論、サービス残業もありません。事前申請のない残業も禁止であり、人事部と労働組合が社内をパトロールします」

と、“ホワイト企業ぶり”を採用活動などで外部に対して声高々に唱えていました。

しかし、どんなに徹底しても、何事にも例外が。。。。

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1.サービス残業の背景 ~「A社フィロソフィー」と「本音と建て前」

フィロソフィーの最上位にある “人間尊重” “平等” が創り出した不公平

→となると、人事考課も差別されずに誰に対してでも平等に評価されます。

→それが何十年も続くと、能力の差を見抜ける考課者が居なくなります。

それにより、出世させる人間を選ぶ際の尺度が『ゴマすり度』となり「保身」「付和雷同」が栄達者のタイプとなり、一人で研究に没頭するタイプは、昇格が遅れ、重要部署から外される社風が出来上がりました。

能力の無い上役と、部下のうち少人数だけが能力を保有、という構図が増えたことにより、上役からの責任転嫁が当たり前となりました。

「現場主義」が声高く叫ばれる企業でしたが、「現場」を「工場」に限定しているところに特徴がありました。

実際には工場のライン従事者は、昇格が遅かったり、研究所が決定した製造方法に絶対服従だったりと、“尊重されていない”状態だったため、掛け声だけでもおだてる必要がありました。

つまり、実態の誤魔化しが当たり前の風潮でした。

工場勤務者をおだてる為に、管理職を除く正規従業員は、日本国内で有れば勤務地を問わず、すべて一つの組合に属し、休日や労働時間・残業時間上限といった労務条件はすべて同一という“平等”が保たれました。

つまり建前です。

このように、美辞麗句を並べまくっていたので「従業員を大事にしている」という外向けの評判は上々で、「コンプライアンス」「コーポレートガバナンス」「働き方改革」などが“早くから整っていた企業”という評判を得ていました。

2.突発事項のへの対応

監督官庁からの立ち入り検査、というものは良くあります。

あるとき、関係法令の適用を巡り「前例のない指摘と巨額の課徴金」が課されそうになる、ということが、起こりました。

能力によって管理職へ出世したのではないから、どうすれば「指摘」を回避できるか、を考えることも、幹部社員には出来ませんでした。

内向きの事しか考えずいると、人間も動物も、前例がないことには対処できなくなります。

つまり、責任をとったことがないから、課徴金による損失の重大さを感じませんでした。

やばい事態なので、指摘を回避するよう、手を打つべきでした。

しかし、年度末ちかくで、「担当部署の従業員は、すでに350時間くらい残業している。これ以上残業できない」

「社内ルールが優先」となって、突発事項への対応であっても、残業ができない。

残業できないから課徴金を後回しにしてくれないだろうか、と課長のBは考えたようです。

彼の頭の構造では、下請け会社への支払時期交渉と同じことのようです。

そもそも、課徴金を命じられた根拠を充分に理解していませんでした。

3.残業の実態

しかし、昇格やその為のゴマすりを考えない、「一人で研究に没頭するタイプ」つまり、という職人肌が、その部署に限っては何人か居ました。

課徴金の完全回避は無理にしても、少なくとも、指摘の理由と根拠については理解していました。

責任者はB課長です。かげでは「極楽トンボ」と呼ばれていました。

「来年度になってから、残業が発生しない時期に残業代を後付けする」

というBの言葉を信じて、職人肌のX、Y、Zは、取敢えずサービス残業をすることになりました。

細かいタイムリミットも定められるタフな仕事で、X、Y、Zは、毎日、深夜1~2時まで居残る生活が続きました。

「建前はホワイト企業」のこの会社では、従業員が出退勤する時のログから残業時間を管理し、年間360時間を超えないよう、各従業員本人よりも課長が血眼になっていました。

年間の残業時間の制限以外に、3か月間に120時間を超える残業をすることも認められませんでした。また、1か月間に30時間を超える残業をする場合には、事前に労働組合から許可を取る必要がありました。

課の労働組合員全員の前月の「勤務時間表」を、課長が毎月、人事部と労組へ提出します。

X、Y、Zは、出退勤のときにログ処理をしない日を作りました。

係長という立場の人がいました。

“係員”は4~5人しかいないことがこの会社では殆どなのですが。入知恵したのは、係長のCです。勿論、B課長の差し金です。

毎月の「勤務時間表」に並んだ、ログによる出退勤時間のない「勤務日」に「退勤時間・17時」などという、有得ない時刻を上書きしました。

新年度になりましたが、

課徴金事案の多忙さが収まるのは、第一四半期終了のころになりそうでした。

4月も5月も、X・Y・Zたちは、“社内規則”の月間30時間を遥かに超え、100時間近い残業をしていました。

しかし、「勤務時間表」のログによる出退勤時間のない「勤務日」に、「退勤時間・17時」などという、有得ない時刻を上書きし、月間残業時間がせいぜい50時間程度になるよう、作為を施していました。

勿論、「無賃残業などない会社」なのに、サービス残業の累計が100時間にもなっていることを納得していませんでしたが、「あとでどうにかしてやる」というBの言葉を信じて「仕事のドタバタがひと段落してから残業代を払ってもらえばいい」と、お人よしになっていました。

4.ところが

4月、5月、6月合わせて約250時間近い残業、昨今で言えば「過労死ライン」です。

しかし、4月と5月で支払われた残業代は、それぞれ約50時間のみ。更に、7月上旬には、4~6月の三か月間の残業時間を労働組合に報告する義務が、課長のBにはありました。勿論、3か月合計の残業が120時間を超えてはならない社内規則でした。

産業別労働組合が非常に強く、会社としても労働組合の顔色を窺っているところもあり、この会社で最も権威のあるルールが「36協定・残業時間制限」でした。

中間管理職が最も恐れるのは、「36協定違反・残業時間制限」でした。

協定に抵触した場合、それが過失であっても、課長職が左遷されるということが社内では何度もありました。

前年、この部でおきた出来事です。

多忙な時期に、深夜3時まで残業した課員が普通にログを打刻して帰宅した。

しかし、「1日の総労働時間」が36協定での制限時間を超えており本来なら事前に組合に申請しても許可が出ないレベル、

それなのに、提出された1か月の「勤務時間表」を人事部がチェックしたことによって初めて発覚。

労働組合は「処分」を、イントラネットに公表しました。

  • 課長は管理不行き届きであり、「厳重注意」の懲戒処分が追って人事部から発せられる
  • 当該の課は、向こう一か月間、残業禁止

 

こうした処分はこの会社では当たり前の事であり、ゆえに、「違反」しないよう、課長職は36協定に最も気を払っていました。

Bは、部下のサービス残業の実態が労働組合などに知られることを恐れていました。

Bのみならず、役員の座を狙っている部長のDにとって、労務問題に巻き込まれると減点され、役員昇格の目が無くなる、ともっとも恐れていました。

どんな手を使ってでももみ消そうとしていました。

取敢えず、4~6月の三か月間の残業時間を120時間以内にする為には4~5月で100時間と「記録」していることから、6月の「勤務時間表」で、月間残業時間を「16時間」にする必要がありました。

実態とか、コンプライアンスとか、は別としてです。

ところがその「勤務時間表」を人事部と労働組合に提出する締切りの日、Zは出張中で不在でした。

係長のCはZ本人に無断で、Zの月間残業時間を「16時間」に改ざんし、課長のBは勿論、それを知ったうえで、何食わぬ顔をして捺印して人事部と労働組合に提出しました。

出張から戻ったZは、流石に怒りました。

改ざんに対してそのものよりもZ本人に無断で、Zの書類を提出したからです。

サービス残業の総時間は、5か月で300時間を超えていました。

彼らが所属していた部門の労働組合員の、年間の残業時間、勿論有給の残業時間に匹敵します。

勿論、彼らの部門で、これほど無給で働かされた人は一人も居ませんでした。

Zが、労働組合に申し出ようとすると、部長のDが、Zを別室へ連行しました。課長のBも居ました。

「サービス残業なんて、お前だけじゃなくてみんなやっている」

「俺はフランスに駐在していた時、平日は毎日日付が変わる寸前まで残業し、休日は出張にかこつけて観光に来るお偉いさんの観光案内で、休む暇もなかった。しかし、残業代も休日出勤手当も、貰ったことが無い」

 

これにはさすがにZも反論しました。

「海外駐在の場合は、日本での勤務と違って残業や休日出勤の手当が支払われないから、加給があります。海外駐在時の残業や休日出勤を比較に出すのは非論理的です。」

図星を突かれて頭に血の上ったDは、Zに言いました。

「だいたい、組合に訴えるなんて生意気だ。そんなことをしたら、部門全体に残業禁止令が出たりしてみんなが困る。

 

お前は自分さえよければという自分勝手だ。そういう奴は昇格できないよう、人事査定を下げてやる。

 

それとも懲戒処分にしてやろうか。ネタなんかいくらでも作れる」

 

Zはあきれて、何か言い返す気力もなくなっていました。

後から課長のBはZに言いました。「訴えるなんていうことをしないのなら、閑になって残業をしなくなった時期に、残業したことにして、こっそり手当を支給してもいい」

5.結末

忙しくない時期なって、実際にはしていない残業を「残業した」ことにできるようになった頃の事です。課長のBは異動で居なくなっていました。係長のCもです。

すると部長のDは、Zに対して、「残業代を会社に対して過大請求しているようだな」と指摘しました。

かつてのサービス残業と、それについて「後から請求すればいい」と言ったBが居なくなったことから、部長のDは「死人に口なし」のような戦略を考えたようです。

Zとすれば、冤罪に仕立て上げられているようでもあり、そして証人が居なくなってしまいました。

Zは覚悟して、サービス残業の事実と、Dのコメントの要点を人事部へ通告しました。

しかし、お人よしのZは、課長だったBをかばおうとして、「後で閑になったら、やっていない残業を請求すればいい」というBの発言については通告しませんでした。

サービス残業そのものよりも「有印私文書」を偽造したCの行動とそして何よりもDの「脅迫」は「人間尊重」「平等」という社是の立場から裁かれるべき、と希望しました。

やがて、人事部は、Zのサービス残業代を、Zの給与口座に振り込んできました。

しかし、この会社の通常であれば「残業に関してルールが守られなかった場合には、その上役が左遷などの処分を受ける」となるところですが、BもDも、何も処分を受けていませんでした。

勿論、事前にZは主張していました。

「残業代云々もあるが、それを知っていながら届け出書類を偽造した責任者であり、しかも脅迫によって事実を隠ぺいした部長のDは、社内の他の事例を鑑みれば、しかるべく処分を受けないのはおかしい」と。

従い、「残業代の後付け支給」の前に、人事部に再確認しました。

「DさんやCさんへの処分はどうなるのですか?」

人事部は次のように、口頭で回答しました。

「人事部として手続きの順番があるので、まず未払い給与を先に処理します。それが終わってから、人事上の処分の検討に入ります。」

処分の予告を人事部から受けたのはZでした。

理由は「サービス残業をさせられたことは否定しないが、後日、人事部の調査によってその対価は振り込んだ。ところが、D部長の申し立てによると、誰にも断りなく残業代の過大請求をしたとあり、監視カメラなどによる入退館記録と照合すると、過大請求の事実はほぼ明白である。従い、就業規則違反であると同時に、賃金の過大請求という詐欺同然の行為であり。。。。。」

Zは、最期まで聞かずに、体調不良を理由に退出しました。

4か月で300時間近い残業、ということは正しく過労死ラインであり、しかも無給であったことから、Zはそれ以来、心身に変調をきたしており、このような茶番に、まともに抵抗する気力を失っていました。

「来年度になってから、残業が発生しない時期に残業代を後付けする」

という、当時の課長のBの言葉はZにやましいところがない証拠になる筈ですが、それを根拠とする反論もしませんでした。

どうせBは「そんなこと言った覚え無い。書面に残したわけでもないし、証拠もない」と逃げるに決まっています。

「人事部や組合に訴えたら、お前を懲戒処分にする。ネタはいくらでも作れる」

という、かつてのDのセリフを思い出しました。

会社というのは、従業員に対して、やろうと思えばなんでもできるのでした。

Zは、自分がお人よし過ぎたことに気が付きました。

将棋や囲碁でいう「自分の手を打つ前に、相手がどんな手を打つか」ということを全く考えていなかったことに、後から気付きました。

人事部や労働組合は、役職者ではなく、弱い立場の従業員の味方だと、誤解していました。

再就職活動して人生再出発するほうがよさそうな気がしました。

従い、翌日、辞表を書き、その月末付けでの「自己都合退職」となりました。

辞表が受理され「自己都合退職」となっただけ、「解雇」よりマシだとZは考えました。

翌月、Dが役員に昇進することが発表されました。勿論、翌日の日経人事欄にも掲載されました。

Zらが強いられていたことは明らかに36協定違反であったにもかかわらず何も公表されなかったのは、この会社における、他の36協定違反事案と明らかに違いました。

労務問題を管轄する人事部ですら、恐れていたのです。

半年弱で200時間を超えるサービス残業という判っている範囲では、けた違いに“規模”の大きな違反を。

だから、Zには辞めてほしいと考えていました。

雇用契約が解除されれば、突っ込まれるリスクが減るからです。

数年たち、Dは退任すると、監査役にまでなりました。

勿論、巨額の役員退職慰労金を手にして。

そしてZが辞めるように仕組んだ当時の人事部長も穏便に辞めさせた手柄により役員に昇進しました。

保身・責任転嫁・付和雷同・実態の誤魔化しと建て前が、勝ったわけです。

「数は力なり 力は正義なり」

と、全く同じことです。

以上

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