アル中でうつ病の私を救ってくれたのはロードバイクでした

アル中でうつ病の私を救ってくれたのはロードバイクでした うつ病の体験談
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アル中&うつ病で苦しんでらっしゃったAさん(20代・女性)に体験談を寄与いただきました。

 

 

辺りがすっかりと闇に覆われ、人々が帰路に着くころに目を覚ます。目が覚めて一番最初にするのは、缶チューハイを開けることだった。

私はアルコールに溺れていた。夜に起き、一日酒だけ飲んで朝に寝る。酒を飲みながら、朝食とも夜食とも言えるものを食べ、見ても見なくてもいいようなテレビを見て一日を追える。

そんな人間とも言えない生活を毎日繰り返し、日々を浪費していた。

 

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次第に失っていく自分の自信

元々私は優等生だった。学校ではさも常識人のように振る舞い、人を見下しては余裕をひけらかす。特別に成績が良いわけではなかったが、テストはいつも上位に入っていたし、運動だって人並み以上にできた。

だからこそ自分は特別な人間だと思っていた。きっとこのまま行けば特別な人間になれるのだろうと、普通とは違う何か特別な存在になれるのだと信じていた。いつだって私は人より優れていて、人の上に立つ存在だと思っていたのだ。

しかし、年を重ねるごとに願望は剥がれていった。優秀だったと思っていた勉強も、高校になると周りに追い付けなくなった。最初は総合で30以内に入っていたけれど、次第に100位を越すようになってしまった。

返ってくるテストの結果を見るたびに思う、「私は惨めだ」。

次第に自分への自信を失っていった。自分は人よりも劣った存在で、醜く、他人に蔑まれることも当たり前の人間なのだと思うようになった。だからこそ、自分が言った一言が他人の心にどう捉えられるか怖くなってしまった。

一言一言に怯え、言われた言葉に被害妄想を膨らませ、他人の心を想像しては怖くなった。

結果、外に出ることを拒み、自分だけの部屋に引きこもることを選んだ。けれど何もせず引きこもるのも怖かったので、恐怖を酒で紛らわすことにした。酒を飲んでいる間だけは恐怖も、他人への罪悪感も全てがなかったことになる。与えられる束の間に幸せに逃げ込み、嫌だったことを全て忘れることを選んでいた。

これが、私がアルコールに溺れた原因である。

けれどそんな日々が永遠に続くわけもない。金は必要になるし、人と関わらなければ生きていけるわけもない。親からも就職するようにせっつかれ、この辛くて幸せな日々が決して長く続かないことを自覚させられた。

しかし、それは己の醜さと向き合うことと同じと言えた。就職して働きに出れば、また自分のどうしようもなさと畜生さに向き合うことになる。ゴミのような自分を見つめながら、無神経な他人に頭を下げる日々が始まるのだ。

―生、生きていてもこのまま同じ日々が続くのだろうか。楽しいことも無い日々の中、他人からの目に怯え、言葉に怯え、心に爆弾を抱えたままずっと生きていくのか。そんな生に何の意味がある、生きていて何の意味がある。

そう考えた時、選ぶ道は一つしかなかった。ドアノブに延長コードを巻きつけ、戸の上にひっかけて輪っかを作った。その前に軽い折りたたみ椅子を立て、じっと見つめてみた。

「私は、どうして生きているんだろう。」

何度も何度も輪っかに問いかけたけれど、次第に怖くなった。

「この輪っかに首を通すのはいいけれど、もし苦しくなったらどうしよう。」

「線が途中で外れて自殺できなかったら。」

「死んだらどうなるんだろう。」

輪っかの前で何回目になるかも分からない自問自答を繰り返してたころ、外が明るくなった。

今日も、私の自殺は失敗に終わっていた。

ロードバイクが私を救ってくれた

転機が訪れたのは、本当に気まぐれの買い物だった。

生きることに飽き飽きしていた私は相変わらず酒を飲み、怠惰な生活を送っていた。けれどもともと生真面目な性質だったので、親にこれ以上の負担を強いることも忍びなく思われて就職することに決めた。

もちろん就職も一筋縄で行くわけもなく、それはそれは苦労して仕事にありついたのだけど、しかしその先でも気持ちが晴れることはなかった。

毎日強制される社是はうんざりしたし、無能な上司にへいこらと愛想笑いを繰り返す日々には吐き気が込みあげた。地獄のように思われた人間関係を潜り抜け、ようやく一月が終わるころには毎日死ぬことを考えていた。

ドアノブから垂れ下がった輪っかを見下ろしながら、なぜ私は死なないのかだけをふわふわした頭で問いかけた。もちろん酒は抜けておらず、毎日仕事から帰っては酒を飲んで寝る生活を送っていた。

初任給が入った日のことである。額面を見ながら、回らない頭でぼーっと考えていた。私には欲しいものなどない。強いて言うなら安楽死させてくれる薬ぐらいのもので、この辛さに変わるもはない。

けれど、少しだけ欲しいものがあった。アニメで流行ったロードバイクである。

「どうせ死ぬなら、憧れたロードバイクを買うのもいいだろうか」

そんな思いに憑りつかれ、残金も大して気にせずロードバイクの購入を決めた。店舗の店長が、

「こいつは本当に自転車に乗るんだろうか。どうせすぐに飽きるんだろうな」

と態度で語っていたのが思い出される。アニメに影響されたミーハーとしか見られていないことは分かっていたが、どうせ死ぬ身なのでそれすらどうでもよかった。それよりも、ロードバイクを購入するささやかな喜びでいっぱいになっていた。

買ったロードバイクは、思ったより素直に走らない。話に聞いていたほど軽くないし、ペダルを回すのにも大分力がいる。試しに20km程度走ってみたけれど、あまりに苦しくて、走り終ってからは咳が止まらないほどだった。

今まで昼夜逆転・外にも出ない生活を送っていたことを考えれば当然なのかもしれない。平たく言えば、全然楽しくない乗り物だった。

けれど、給料のほとんどをはたいて買ったおもちゃだったので、簡単にインテリアにしてしまうにはあまりに悔しかった。何より、クズの自分がまた簡単に諦めてしまうのか、ということは何だか凄く屈辱的に思われた。

私は近所のショップを探し、初心者講習をしている店を探した。そうして講習に参加したのだが、現実というのは決まって優しくない。

初めてのライドは決して楽しい物とは言えなかった。一緒に走ったベテランのライダーたちは体力も技術もケタ違いで、少し気を抜いただけであっさり引き離されてしまう。前を引くライダーに離される、必死に追いつく、離される…それを繰り返しながら、気づいたら体力を使い果たして途中でリタイアする形になってしまった。

前を走っていたベテランライダーは申し訳なさそうに繰り返し「ごめんね」と謝っていたが、けれど私は、それを聞いてなんだか嬉しかった。

ロードバイクの世界は思っていたよりもずっと奥深かった。しかし、手の届かない遠くの世界が見えたからこそ、自分の目指す場所がはっきり見えた気がした。

「こんな私になりたい。」

「この人たちと並んで走れるようになりたい。」

それは、幼いころ優等生であろうとした私が、夢として見た世界に似ているように思う。

自分への自信を失いアルコールに溺れていた私は、

「この人たちと一緒に走れるようになりたい」

と思い、依存していたアルコールから離れることを決めた。

とはいえ、ロードバイクを始めて人が変わったわけではない。私は私である。やはりネガティブな思考を持った人間であることに変わりはないし、今でも他人の目を気にして落ち込むことは多い。怒られた日には自己嫌悪と相手への怒りで眠れない日だってある。

けれどそれでも、作った輪っかに首を通そうとは思わない。なぜなら私にはロードバイクがあるからだ。嫌なことがあっても、どんなに辛いことがあっても、週末には走りに行きたいと思うから、今日も仕事をして一日を終える。

金のかかるロードバイクという趣味には、家で呑んだくれていたのでは到底賄えない。たった一つの趣味が私をつき動かし、今日も元気を与えている。

思うに、本当に鬱病に必要なのものは他人からの優しい言葉などではないのだ。それよりも、

「誰に何と言われようが自分が好きな何か」

を見つけることなのだと思う。個々の病状によるから安易な断言はできないが、自分はこれのために生きたい、という確固とした目標こそが鬱病を克服する鍵になるのではないか。

鬱病に陥ってる人間からすれば、楽しさ自体を見出すことが困難だろう。だからこそ体を動かす趣味をお勧めしたい。精神とは関係なく勝手に自身をワクワクさせてくれる運動こそ、鬱病には大切なものなのだ。

ロードバイクである必要はないが、人間には運動が必要だ。今でこそ元気に毎日走り回っている私だからこそ、そう考える。

 

>> 自分に合うロードバイクを探してみる

 

 

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